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山の郵便配達

2019年01月01日[学長メッセージ]

~慎ましやかに展開するかけがえのない人生~

 

 自分中心に世の中を見ていると、人間が見えなくなる。人として生きることの価値に、軽重の差などないということを,忘れてしまう。山奥の寒村で孫からの手紙を待ちわびている盲目の老婆にも人生があるということを見過ごしてしまう。中国映画「山の郵便配達」は、ともすれば忘れてしまいそうになる人として生きる価値の平等性を、山稜に吹くそよ風のように私に思い起こさせてくれた。

 山の郵便配達人は、一回の配達で百二十キロの山道を歩く。重い郵便袋を背負い、険しい山道を上り下りして、手紙を届ける。行く先々にそれぞれの人生があり、それぞれの悲しみや喜びがある。都会に住む人たちが、車も通わない鄙びた山村に住む人たちの人生を哀れむ必要はない。そこにはそこでしか生きられない人々のかけがえのない人生が、慎ましやかに展開されているからだ。

 隔絶された世界に住んでいるからこそ、手紙は都会に住んでいる人たちとの心の架け橋となる。この映画に登場する父親はそんな仕事を何十年と勤めてきた。実際に歩いて見なければ分からない辛い仕事だ。

 

 

 だが、もくもくと不平ひとつ言わず続けてきた。自分の仕事に誇りを持ち、出会う人たちの喜びや悲しみを心で受け止めながら、ひたすら手紙を配達して人生を送ってきた。顔には皺が刻まれ、若者におじいさんと呼ばれるような年齢になった。足が痛み、もう配達の仕事は出来ないことを知った。父親は息子に山の郵便配達人の仕事を託した。

 息子が初めて郵便配達の仕事に出かける日、父親は息子と一緒に最後の郵便配達の旅に出る。息子は、いつも家にいなかった父親のことを一度も「お父さん」と呼んだことはなかった。父親はいつも郵便配達の旅に出ていて、家族団欒の時を過ごした記憶がほとんどない。どこか近寄りがたく、疎遠な感じがした。

 山岳地帯に点在する寒村へと続く細い山道を、息子は父親より少し先立って歩いた。親子の間の距離はなかなか縮まらなかった。まるで二人の間の心の距離を象徴しているかのように…。手紙を届けることの責任の重さを言葉少なに息子に語る父。それを軽く聞き流す息子。ある村はずれの一軒屋で一人の老婆に父親は孫から届いた手紙を渡す。老婆は盲目だった。父親は代わりに読んでやる。老婆は嬉しそうに聞いている。父親は続きを読んでやるように息子に手紙を渡した。しかし、そこには何も書いてない。それは一枚の白紙だった。息子は必死に孫の気持ちを想像しながら言葉をつなぐ。それから、白紙を封筒に入れて、老婆に渡す。老婆はそれを丁寧に折りたたみ、しっかりと胸の中にしまった。そして、そっと手の平で押さえる。まるで宝物のように。息子は、なぜ父親が過酷な山の郵便配達人としての仕事を生涯にわたって続けてきたのか、初めて気づく。

 

 

 三日間の配達の旅の中で、父親と息子の距離はしだいに近づいていった。ある時、息子の手から手紙が突風にあおられ遠くへ飛んでいった。痛む足をさすっていた父親は、その瞬間、足を引きずり転びながら必死に手紙を追いかけた。その父親の姿の中に、息子は仕事にかける父親の執念を見た。親子の隔絶は単なる表層的現象に過ぎない。もっと深いところでしっかりとつながっていた。

 山間を流れる冷たい渓流を、息子は父親を背負って渡った。冷たい水が父親の足を痛めてきたことを知っていたからだ。息子の背に負われながら清流を渡る父親の眼に涙が浮かんだ。寂しい思いをさせたまま大きくなった息子。その息子がもう自分よりはるかに背丈も高くなった。息子のたくましい肩につかまりながら父親は嬉しそうに何度も頷く。対岸に渡り終えた時、息子は父親のことを生まれて初めて「お父さん」と呼んだ。

 

 

 世代の交代は、活躍の舞台から退場していく側に一抹の寂しさを味わ味わわせる。しかし、次の世代が立派に自分の仕事を継ぐ力と意思を持っていることに気づくとふと安堵のため息が漏れる。人の命は永遠ではない。若者もいつしか老いたことを知るようになる。そして次の世代にバトンタッチをする時が来たことに気づく。こんなことが悠久の時の流れの中で繰り返されてきた。これからも永遠に繰り返されていく。

 人間の人生の価値に優劣はない。貧しい者も富める者も、孤独な者もそうでない者も、誰もが等しく懸命に生き、そしてその生を終えていく。自分の生き様を手紙のように次の世代に渡しながら…。

 

 

東進ゼミナール 学長 飯田陸三著 「何のために学ぶか」より