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人たるもの、すべからく教育を受けるべし~老中阿部正弘~

2017年12月01日[学長メッセージ]

~考える力、正しく判断する力、適切に行動する力~

 

 

一八五三年六月三日午後四時。ペリー提督が率いるアメリカ東インド艦隊の黒船四隻がもやの立ち込める浦賀沖に突然巨大な姿を現した。いち早く船影を発見した漁民は、「伊豆大島が動き出した」と叫んだという。家財を大八車に積み込んで逃げまどう庶民、店を閉める商店。思いもよらぬ異国船の出現に、江戸の町は恐怖に包まれた。「大平の眠りをさます上喜撰(蒸気船)、たった四杯で夜も眠れず」と狂歌にうたわれたほどであった。このペリー来航をきっかけにして、二百五十年以上続いた江戸幕府はしだいに滅亡していくことになる。

 

 

実は、幕府の上層部は一年前から、長崎のオランダ商館長クルチウスを通じて、ペリー来航を知っていた。それにもかかわらず、なぜ大パニックを招く結果になったのか。当時の幕府の最高責任者は、老中首座の阿部正弘であった。彼は、一八四○年のアヘン戦争で、中国が欧米列強の半植民地国となってしまったことを知っていたので、オランダからの情報に大変な危機感を持った。さっそく幕府の重臣を集め、黒船の来航に備えて、江戸湾の防衛を強化するよう主張した。しかし、重臣たちはなにかと理由をあげて、阿部の主張に反対した。阿部が「西洋式の大型の軍艦を建造してはどうか」と提案すると、「新式の技術には不安がある」と反対した。「沿岸に農民兵を配備したらどうか」と問うと、「一揆やむほんの元になる」と否定した。最終的には、長崎奉行の「外国人の言うことなれば、あてにはなりがたし」という意見が取り入れられ、幕府は黒船来航に対しなにも準備しないという決定をした。

 

 

太平の世の中が二百年以上も続くと、危機感が薄れて、事なかれ主義がはびこっていく。長年の鎖国体制の中で、国際情勢に無知で、西洋の技術進歩についてもほとんど知識のない幕臣たち。国難に際し、自己保身ばかりはかる重臣たち。ペリーは来航すると、強大な軍事力を背景に、半ば強制的に幕府と日米和親条約を締結した。その後、ハリスがこれを引き継ぎ、日米修好通商条約を幕府に結ばせた。日本はその後半世紀以上にわたり、不平等で屈辱的な条約に苦しむことになる。

 

 

阿部は間もなくして、黒船来航の責任を取り引退した。そして、国元の福山に藩校を開き、上級武士だけでなく、足軽や庶民にまで、学ぶ機会を与えた。幕府の重臣たちの無知さ加減と保身主義に失望し、英知をもって国難に対処できる人材を幅広く育成したいと考えたものと思われる。その流れをくむ広島県立福山誠之館高校に阿部直筆の書が残されている。そこには、「人たるもの、すべからく教育を受けるべし」(人間である以上は、みんな教育を受けるべきである)と書かれている。長期にわたる経済不況や失業率のアップ、地球環境の破壊、いじめや学級崩壊等、様々な困難に直面している我々現代人にとっても、なんと意味深い言葉ではないか。

 

 

子供たちの多くは未来をめざし、一生懸命勉強している。そして、考える力、正しく判断し適切に行動する力を日々身につけている。これが、人として生きる上でどんなに大切なことか。今ははっきり分からなくても、やがて「自分が真剣に学び努力していて良かった」と、心から感じる時が来る。教育とは、学習とは、そういうものである。一人一人さらに目標をしっかりとかかげ、明日の自分を創っていくために、より一層の努力をしていこう。

 

 

東進ゼミナール 学長 飯田陸三著 「何のために学ぶか」より